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夫婦愛

20180922

樹木希林の死去で色々なコメントがある。
「見事な夫婦愛」と言うタレントに驚かされる。
結婚して一年半程度の同居生活で、実質的には別居生活であったらしい。
改めて『夫婦愛』と言うことを考えさせられる。
私は夫婦とは同居してこそ夫婦と思える。
単身赴任などで別居をせざるを得ない場合は致し方ないが、内田と樹木の場合は決して褒められたものではない。
典型的な失敗例で実質的には夫婦とは言えないと思う。
一芸に秀でる人に全てをかぶせて褒めちぎるのはどうであろうか。
夫婦とはともに努力して寄せ合って生き、そこに夫婦愛が生まれるのであろう。
樹木の癌を知りながら、尚も別居を続ける夫婦。
夫も身勝手であるが、妻側に問題がないとも言えまい。
いい人であったが、結婚に不向きな人であったことになる。
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無関心

20180921

友人の車に同乗し、恒例のプライベートゴルフで箱根に向かっている。
政治好きの二人が総裁選に触れないので「おお、どうした?安倍のようだが」と導入する。
後部座席の元市役所勤務のMは「役人の文書改ざん、女房の公私混同などなど、国の根幹に関わる不祥事の責任もとらず三選とはな、興味ないね」と吐き捨てる。
運転者の呉服屋の爺さんは「国会議員がごますり集団に成り下がって、自分の身のことばかりの腰抜け野郎で呆れるね」と吐き捨てる。
曇天の箱根は午後から雨もようでラウンドは無理なような気もする。
私「やはり政治的無関心が吹き荒れていて、まあ、適当にやってよって感じなんだね」と合わせる。
政治好きの人が政治を語らないことの危機感を感じる。
困った国になってしまった。
予想どうりハーフで雨になり中止して、温泉に入り雨の箱根を後にする。

転居

20180917

隣街へ転居して3日間が過ぎた。
マンション9階のベランダから遥か南西方向に影の大山が見える。
あの裾地に50年を暮らした。
これからをどう暮らすことになるのか判然としないが、とにかく楽しんで暮らしてみようと思う。
ここに来てみて、人に終の住処など無さそうな気がする。
行き着くところで楽しく生きてさえいればそれで良さそうな気がする。
人に終の住処などないのかもしれない。
思い出と温もりを頼りに次を生きることになる。
大山の見える位置にさえ暮らしていけば、亡き人も『了解』と言ってくれそうな気がする。

無自覚

20180912

体操界のトラブルのことだ。
塚原夫妻のインタビューに女性評論家が「それは無自覚のパワハラ」と冷ややかだ。
本人は加害的意識がまったくなく、自己の正当性を訴え続ける。
むしろ親切心がそうさせているとさえ主張するのだ。
自覚ないのパワハラとはかなり深刻であると冷ややかである。
それは知性と教養の欠如といわんばかりだ。
スポーツ界に頻繁に現れるパワハラ問題とは、元スポーツ選手の知性と教養レベルに起因するのか。
運動能力に優れた人の無知とは確率としてあるのかもしれない。
無自覚とは我身に照らしてもありそうな気がする。
どうもあの時無自覚であったと若き頃の過ちに恥じ入る。
知性も教養も浅く、運動能力にも劣る場合もあるのだ。

終の住処

20180911

50年ほど住み慣れた家から転居して、仮住まいに8ヶ月ほど暮らす。
マンションが完成したので数日後ようやく引っ越すことになる。
人は定位に暮らして一生を終えると思っていたが、一度転居すると俄然身軽になってしまった。
身体状況、経済効果、生活環境に合わせ柔軟に対応して生きるべきと。
先祖の墓さえ守って生きれば、生きやすく生きるべきと。
しかし昨今、墓さえもフレキシブルに対応すべきと時代は変化している。
人は生きるに終の住処などあるものであろうか。
また10年ほど後に転居しそうな気もするし、ここであの世へ逝ってしまうかもしれない。
次に何をつないで生きるべきかと。
ひよっとしたら、次につなぐものなどないのかもしれない。
ただそこに心地よく生きていればいいのかもしれない。
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Author:seishingama
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