宮尾登美子病

20180714

本屋に立ち寄り宮尾登美子の本を探す。
大半読み尽くしてしまったから、次を探せども未読本が見当たらない。
隣町の本屋をのぞくと『きのね』上下巻を見つける。
千ページほどの長編になるから、しばらく宮尾に浸っていることができそうだ。
彼女が語る感性がとても好きで、宮尾登美子病にかかっている。
昭和20年頃の戦後の日本の貧しき時代が胸に迫ってくる。
幼少期と青春と、そして今に至った過去を感じながら時には涙ぐんでしまう。
今にして読むから宮尾本は私を泣かせるのか。
あと数冊しか残されていないことになる。
誰もが貧しかったあの頃、生きててよかったとつくづく思うものだ。
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痩せた尻

20180713

スポーツジムのサウナで痩せた老人が怒っている。
「そもそも、この災害時に総理大臣をはじめ議員が宴会をやっているとは、まったくけしからん」と。
それを聞いている太めの老人が「まったく国民のことなど真剣に考えていないんだね」と退室する。
そこに私は入って痩せた老人と二人になる。
「カミさんもはしゃいで、亭主は極楽とんぼで、国の税金で外遊三昧で、けしからんよ」と、怒りは収まらない。
私も「まったく困ったもんですね、朝にテレビで見て頭にきましたよ、人ごとなんでしょうね、やはり小さい時から何不自由なく育った人はダメなんですね。夫婦して苦労なしで生きてきたから‥」と付き合う。
そして痩せた老人は「まったく困ったもんだ」と退室する。
痩せた尻に数本の褐色の縦縞が印象的だ。
苦労尻というものがあって、痩せた尻はどうも侘しい。

歌のない過去

20180712

カラオケルームで彼に「えっ、その歌はいつ頃の歌?」と、「うーん、25年ほど前の歌だよ」と言う。
恒例になったカラオケ会に男女5人が集まり楽しくやっている。
今時の歌は知らないが、昔の歌の大半は聞き覚えがあるのに、知らない時代があるような気がする。
私が40代後半から50代終わりまでの期間の歌がどうも記憶にない。
私にとって歌のない時代があったのであろう。
仕事に入れ込んで公私とも自信に満ち溢れていた時のことだ。
自己過信から、愛も情けも思いやりにも鈍感であった過去のことだ。
結局ただの爺さんと気がつくことになるが、あの時の過信に恥じ入ることになる。
嫌味に生きてしまった。
昔の歌の情感をなぞって生きれば、正しい生き方のように思える。
『湖畔の宿』『夜霧に消えたチャコ』『女の宿』を歌うと「なかなかいいよ」と言ってくれる。

ありがたいことだよ

20180711

車で朝7時40分に友人A宅に着いて彼の車に乗り換える。
そして近所の友人Bを拾い3人でゴルフ場へ向かう。
もう10年以上続いているプライベートゴルフだ。
Aは74歳、Bは70歳、私は76歳の老人ゴルフアーだ。
快晴の小田原厚木道路を箱根に向かっている。
右手の朝の富士山は入道雲にすっぽり覆われていて輪郭さえ見えない。
私「いつまでゴルフができるのかな」に、A「あと5年は無理だろうね、俺が運転できなくなってしまうよ」と。
東名高速道路を使うゴルフ場は数年前から敬遠している。
もう運転に自信がなくなっている。
それなりにラウンドを終わり顔を出した富士山を左手に見て「まあ、スコアーはさておき、ゴルフができるだけでもありがたいと思わなければな」と。
A、B「まったくそうだよ、我々の年齢では歩くことさえおぼつかぬ人が結構いるからね」と。
全員「まったく、ありがたいことだよ、来月は一杯やるかね」に、全員「いいね」と。

自炊

20180707

先日、久しぶりに妻の友人から「元気にしてる?」と電話がある。
転居と一人暮らしの私を心配してくれたのであろう。
「どうやら日々を生きれるようになりましたよ。2年経ちましたが、洗濯食事もなんとかなってきました」と。
「料理はしませんがスーパーの惣菜モノですが、なんとかできるようになりました」と。
ありがたい励ましに勇気づけられる。
昨日スーパーの野菜コーナーで肉野菜を作ってみようかとひらめく。
もやし、椎茸、キャベツなどが入った野菜パックと豚肉を買う。
ネットで調べた調理法でフライパンにサラダオイルをひき先ずは肉を炒め別皿におく。
次は塩胡椒で野菜を炒めて、別皿の豚肉を加え混ぜ合わせ、そこにすき焼きのタレを注ぐ。
すき焼きのタレを注いだのは私の発想である。
サトウのご飯にレトルト味噌汁に肉野菜炒めの夕食となる。
肉野菜炒めがなかなかで下手でも自家ものはやはり美味しい。
頑張ってみようと思う。
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Author:seishingama
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