船村徹

20170218

船村徹の死去に驚く。
84歳であったと。
彼と同質のメロディーを奏でて生きてきたような気がする。
「別れの一本杉」だったような「おんなの出船」だったような「みだれ髪」だったような‥。
ふるさとの北国を巣立った時「別れの一本杉」を口ずさんで、色々あった時に「女の出船」だったり、人生が見えた時「みだれ髪」だった。
彼の作る演歌を追いかけていたわけじゃないのだ。
ただ人は音なしの場面で生きてきたわけじゃない。
私の場面を振り返ると、どうも船村メロディーが無意識に聞こえていたのかもしれない。
でも近頃、場面の背景曲が曖昧となってしまった。
老境とは音のない物語を生きているのかもしれない。
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肉食

20170217

女医姫野友美の「急に不機嫌になる女、無関心になる男」に、老人は肉や卵を食べて筋トレをすれと書かれている。
最新学説では卵や肉はコレステロールとは無関係であると。
筋トレをガンガンやり肉と卵をバンバン食えとあるのだ。
そしてパンやうどんを少なくして甘いものをやめれと。
実践して10日間になる。
朝にパンは半分とゆで卵にソーセージ小2本と生野菜、昼はハンバークにご飯半分、夜はオーストラリア産焼肉300gのパターンである。
大麦を少なく、甘いもの(菓子、コーラー)をシャットアウト。
スポーツクラブで若い時のような筋トレ(ベンチプレス)を続けてる。
身体中が筋肉痛であるが快くもある。
体型が筋肉形になってきて体重が落ちてくる。
特に胸の筋肉が張り出し、心持ち腹部が締まってきたか。
顔は朽ちたままであるから、ある種の不均一を背負うことになった。
放置して朽ちたままの老人然として生きるべきかと、ふと立ち止まる。

安楽死

20170213

文藝春秋12月号の橋田壽賀子の寄稿文『私は安楽死で逝きたい』が大きな反響を呼んだと。
それについて3月号に鎌田實と橋田の対談が掲載されている。
橋田壽賀子91歳は「死の選択は自分でしたいんですよ」と。
彼女は認知症を恐れていて、日本での法制化を呼びかけている。
鎌田實は「橋田さんの考え方には賛成です」と合わせる。
橋田「血液検査も毎月、人間ドックも年に一度必ずしている」と。
鎌田「安楽死したい人が」、橋田「矛盾してますね、でも生きる時はちゃんと生きたいわけです。死ぬことも真剣に考えています」と。
鎌田「そのまだら状のところが面白い、それが人間ですね」と。
でも何故か私は、橋田にさんざん生きてきた老人のわがままのように思える。
それでも生きたかった人、生きて欲しかった人、様々な人生を胸に秘めると、何故か橋田の言葉が軽々しく聞こえる。

21666歩

20170212

我家から2キロほどの駅まで歩き、電車を乗り継いで快晴の横浜に着く。
元町から中華街を歩き山下公園を右手に関内から左に向かい伊勢佐木町に出る。
土曜日に中華街は雑踏状態で通り過ごし、昼食は馬車道で遅めの午後一時半にざる蕎麦を食べる。
伊勢崎町商店街も混雑状態で喫茶店も混雑状態で一気に通り過ぎる。
結局、関内から電車を乗り継いで午後4時頃我が駅に着いた。
駅からまたも歩いてようやく我家に辿り着いた。
足裏がジンジン、両肩がガンガン、疲れ果ててしまう。
アイホン万歩計は21666歩となった。
昨年9月、今年の1月、そして昨日と、一人横浜散策を続けている。
このコースは2万歩を超える死の八甲田山だ。
自分の体力と情感を確かめる散歩道だ。

認知症

20170211

数年ぶりにあった娘の友人の父親が認知症になったと。
私より一歳年上の75歳だ。
昔は中堅会社の社長や会長をしていた人である。
発症して一年ほどになるらしい。
家族の生活環境が一変して大変だと。

それはさておき落差の問題が少し哀れだ。
昔、かくしゃくとして周辺を仕切っていた人の認知症のことだ。
娘が「あんなに立派だった人が‥」と。
私のように立派とは縁遠く生きて来た人の認知症とは、人の末路として自然のような気もするのか。
どっこい、そこへ陥ってしまうことだけは避けたいと思う。
最近の学説では頭の体操など予防には効かないらしい。
やはり体力増強の運動をしなければならないとある。
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Author:seishingama
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